『最高の愛』届けられず終い

朝いとこが来たらしいが、耳のみ起きただけでまた寝てもた。

家族とごくごく限られた親戚のみで告別式を行った。会場は奇しくも17年前に伯母(今回亡くなった祖母の娘にあたる)の告別式を行った場所である。
祖母の棺を父や葬儀屋の人と霊柩車に乗せた。外は長い冬が終わって、爆発するようなエネルギーを持った陽気な春の空である。嵐と共にこの世を去り、最期のお別れが快晴・・・(上手く文章にできないが、まるで祖母が天候操作したかのような錯覚を覚えた)
祖母の最期が近い時に強く心に誓ったことがある。

「最期の瞬間に祖母が『最高の愛』を見られるようにしよう」と。

正直、鷲と祖母は一番近い場所にいながら(家の構造が特殊で、祖母・鷲と鷲以外の家族が離れとった)、今から思えばまぁ冷淡な態度に出た日々・・ただ、晩年は夜中の祖母の部屋を通る時が怖かった。(トイレが祖母の部屋の先にあるので)
戦災、水害、震災、実子に先立たれ・・・等々、鷲の想像をはるかに超える壮絶な人生を送りながら、泣き言を言わず、気丈な面しか見せなかった。そんな祖母が辛そうなそぶりを見せたのが亡くなる1ヶ月前位から。そのサインを鷲はあろうことか見逃しとった。
だからこそ、最期の瞬間に立会い、死への不安と恐怖少しでも和らげたかった。有給をバンバン取っても構わなかった。兎に角、今まで祖母に吐いてきた暴言、冷酷な仕打ちを少しでも何かの形で詫びたかった。それも結局は叶わなかったのだ。
涙が止まらない。

父は霊柩車に同乗して、それ以外の家族はひたち野カーで後を追い、親戚はタクシーに乗った。
斎場へ着いた。ここで最期の最期のお別れをした。眠っているだけかのような祖母を見送る。窯の冷たい金属の扉が無情な音を立てて閉じられた。

葬儀場で昼食を取った。告別式の参加者が増えたので、姉以外で先に食べた。姉は職場の人と連絡せんなんことがあって、追加で届いた昼食を遅れてとった。親戚の人が一人ここで帰っていった。

再び斎場へ向かう。
扉を開く。嫌な瞬間である。職員の人がどこそこがどの部位の骨かを説明していく。寝たきりで骨が弱っていたせいか、殆ど数時間前に人が横たわっていた痕跡がない。それよりも驚いたのは、巨大な金属の補強器具があった事だ。先月祖母が手術をして埋め込まれていたらしい。見るからに痛々しく、物々しい金属を見ながら、それでも愚痴一つこぼさなかった祖母・・・今月に入ってから、起き上がるのも「痛い痛い」言うとったんは、ほんまにほんまに辛かったんやろなぁ。
そんな状況にありながら、折り紙をずっとしとったせいか、指の骨だけはきれいに残っていた。小さな骨壷を見ていると、何とも言えん陰鬱な気分になる。日本では難しいけれども、鷲はエンバーミングせんでええけど、火葬は嫌やわ。ゆっくりと朽ち果てたい。

再び葬儀場に戻り、初七日を済ます。親戚は帰っていった。


家に帰ってからは録画してあったプリズンブレイク3を見た。祖母の部屋に入ると辛くて、つい10日前まで寝ていたのに・・・と思うと枕や布団を掴んで暫く泣いた。
ずっと気が張った状態やったので、世界の車窓から後すぐに寝た。父は祖母あてに届いた郵便物の返信や廃棄の処理をしとった。